なぜ私は破産を《明るい》と呼ぶのか
毎月の返済額が三十万円を超えた頃、私は自分の状況を見ようとしていなかった。目を逸らしていた。
クレジットカード、住宅ローン、カードローン。それぞれの引き落とし日が月に何度もやってきて、そのたびに口座残高を確認し、足りていればホッとし、足りなければどこかから工面する。その繰り返しを何年も続けていた。
「借金」という言葉は知っている。それはネガティブさを巧みに擬態し、ライフスタイルに潜り込み、私の日常となっていた。毎月きちんと返済している。遅延もない。だから自分は大丈夫だ──そう思い込むことで、私は自分の状況を直視することを避けていた。
このサイトの名前を「UNTITLED ROOM」にしたのは、あの頃の自分に向けた言葉でもある。何も決まっていなくていい。ただ、少しだけ立ち止まれる場所。あの頃の私に必要だったのは、そういう場所だった。
月三十五万円が消えていく生活
数字は正直だ。
住宅ローンの返済と修繕積立金・管理費が月々約十万円。クレジットカードのショッピング・キャッシングのリボ払いが合わせて十数万円。銀行カードローンの返済が数万円。それに加えて、退職時に発生した社会保険料の立替分百万円の返済。合計すると、毎月二十五〜三十万円、末期には約三十五万円が「返済」という名目で口座から消えていった。
固定給があった時期は長かったが、手取りの大半がそこに吸い込まれる。食費と通信費と最低限の生活費を差し引くと、手元にはほぼ何も残らない。
働いている。収入もある。なのに生活は一向に楽にならない。その構造に気づいていたかと聞かれれば、気づいていた。気づいていたのに、止められなかった。
それは意志が弱かったからではない。「回っていたから」だ。
「まだ大丈夫」という麻酔
振り返ると、借金(債務ではなく敢えて借金と呼ぶ)が膨らんでいく過程には独特の静けさがあった。
二十代でWeb制作の仕事を始めた頃、将来フリーランスになることを見据えて、給与所得者として作れるうちにとクレジットカードを複数作った。三十代後半で中古マンションを購入し、住宅ローンを組んだ。副業も認められていたから、本業と個人の仕事で二重の収入がある時期もあった。返済は滞りなく回っていた。
この「回っている」という感覚が厄介だった。
毎月の引き落としが通っている限り、問題は存在しないことになる。カードローンを追加しても、リボ払いの残高が増えていても、月々の返済額が急に跳ね上がるわけではない。じわじわと、しかし確実に、返済総額は膨らんでいく。元本がほとんど減っていないことに気づいたのは、かなり後になってからだった。いや、気づいてはいた。見ないようにしていたというのが正確だ。そうして回していく以外なかった。
年利十五%から十八%で借りていると、残高が五十万円を超えたあたりで、毎月の返済額のうち元本に充当される分と利息の額がほぼ同じになる。つまり、返しても返しても残高が減らない状態に入る。私にとっては、これが分岐点だった。もっと早くに向き合うべきだったと思う。でも当時は、月々の返済が「通っている」というそれだけの事実に安心してしまっていた。
借金をする人間が愚かなわけではない。だが浪費のための借金となれば話は別だ。
「まだ大丈夫」という判断は、現状維持バイアスの中では極めて合理的に見える。自分の生活を根本から変えるよりも、今月の引き落としを通すことの方がずっと簡単だから。
双頭の魔物
あの安心感はなんだろうか。
例えばいま、
「そうだ、運動がしたい。膝を痛めやすい自分に合っているのは厚底ランニングシューズ。でも二万円か・・・。高いけどランニングは始めたい。買ってしまおうか」
と考えたとしよう。
ここで頭をもたげるのが《リボ》という魔物だ。
「現金で二万円消えるのはきつい。でもリボなら支払い額が変わらないし手元に二万円が残るから安心。リボにしよう」
お金がないなら買うなという本末転倒な話だが、《リボ》で回している人間の心理においては、この強烈な安心感を確認することが第一であり、それが決済を後押ししているはずだ。その二万円を完済するためにいくら利息が掛かるかは考え及ばない。
そしてもう片方の魔物とは、《高い限度額》という優越感に他ならない。クレジットカードを長く使っていると、限度額変更のお知らせとして五十万円が八十万円になり、やがて百万円になる。その分使えば借金が増えて沼に潜るだけなのだが、この増額によって「認められた」「余裕が出来た」と錯覚するのだ。借金が常態化した人間の心は、この《リボ》と《高い限度額》という《双頭の魔物》に支配されている。そうなってしまうと、借金が膨らみ利息も多く払う事になる損益計算はできず(或いは目を背け)、将来を見据えたタイムスケジュールを組もうともしない。月々の支払いが一定である事の安心感だけで返済スキームを回しているというわけだ。
この《双頭の魔物》がもたらす安心感から抜け出すのは、理屈ではわかっていても簡単ではない。
私自身、最後までそれができなかった。
複合的な崩壊
一つの原因で破綻する人は少ない。たいていは、いくつもの問題が同時にやってくる。
私の場合は、親の介護だった。高齢の父親が一人で生活できなくなり、対応のために地方から首都圏へ通う日々が始まった。勤め先にリモート勤務を申し出たが却下された。休職し、やがて退職。退職金はなく、いきなりフリーランスとして生きていくことになった。
フリーランスになっても、最初の一年はなんとか回った。仕事があれば請求書買取サービスで資金を前倒しにできたし、手数料の一割は痛かったが、月々の返済を止めないためには必要なコストだった。
しかしこの仕組みは、仕事量に完全に依存している。案件が途切れた瞬間に資金繰りが止まる。そしてある月、引き落とし日に口座残高が足りなかった。翌月には滞納分が上乗せされて、もう追いつけない額になっていた。
「これは無理だ」
と思った。遅かったが、完全に諦めたのはその時だった。
五百八十日間のこと
弁護士に相談する日。私は書類を揃えて弁護士事務所の呼び鈴を押した。
正直に言えば、怖かった。怒られるのではないか。「なぜこんなになるまで放っておいたんですか」と詰められるのではないか。自分のだらしなさを他人の目に晒すことへの抵抗感は、返済の苦しさとはまた別種のものだった。
実際に行ってみると、拍子抜けするほど事務的だった。弁護士は私の感情には全く触れない。ただ、数字を確認し、状況を整理する。そして解決のための選択肢を提示し、手続きの見通しを説明した。弁護士というのは、今目の前に提示された状況を全て飲み込み、良い悪いではなく、その状況に対する最善の解決策はなにかという問いのみに集中し思考を巡らせるプロフェッショナルなのだ。それを痛感した。「これは管財事件になります」と言われた時も、恐怖よりも「ああ、やはりそうか」という妙な納得感があった。
私のケースは管財事件──売却すべき資産(マンション)があったので、同時廃止よりも時間がかかる手続きだった。弁護士への依頼から免責確定まで五百八十日。一年七ヶ月。長いと思うかもしれない。でも任意整理を選んでいたら、五年間──一八二五日──返済を続けることになっていた。しかも、任意整理は途中で収入が途絶えれば破綻する。その場合、改めて自己破産の手続きをやり直すことになり、時間も費用も二重にかかる。私にとっては自己破産の選択一択だった。
五百八十日間というとそれなりに長いわけだが、生活が変わったのは免責確定の日ではない。弁護士に依頼したその日からだ。
まずは弁護士に相談することで強制的に物事が進む事への安堵感。これが大きい。
もう一つは、弁護士が出してくれる受任通知だ。債権者に対し弁護士から送付される受任通知が相手に届いた時点で、すべての督促が止まる。郵送対応なのでタイムラグはそれなりにあるが、浸透すれば本当に静かな世界がやってくる。毎月三十万円以上の引き落としが、翌月からゼロになる。働いた分が、そのまま手元に残る。あの感覚を何と言えばいいのかわからない。水面から顔を出して、久しぶりに息を吸った、というのがいちばん近い。もっとも、これは「弁護士の力で支払いを待ってもらっている状態」に他ならない。債権者に対し多大な迷惑をかけている事に変わりはない。これは当事者がこの問題とどう向き合うかをよく考える心の余裕を作るための措置だと痛感した。
五百八十日の内訳の大半は、マンションの売却手続きと弁護士との面談、管財人とのやりとりだった。その間の日常生活は淡々としたものだ。新たな返済はない。督促もない。ただ、自分の過去を振り返りながら、手続きが終わるのを待ち、普通に仕事をして、普通に暮らす。それが「普通」であることの価値を、私はそれまで忘れていた。
そして免責が確定した日。
その日は区切りではあったが、劇的な変化ではなかった。生活はすでに変わっていたからだ。
Before / After
破産の前と後を、数字だけで並べてみる。
破産前。毎月の返済額(住宅ローンを含む)三十万から三十五万円。手元に残るお金はほぼゼロ。引き落とし日のたびに胃が痛いし、将来の見通しがない。
破産後。毎月の返済額はゼロ。支払いは家賃と携帯、ライフラインの固定費程度。手元に残るお金は働いた分。静かな精神状態を保ち、将来の見通しも少しずつ見えてくる。
クレジットカードは使えなくなった。ローンも組めない。いわゆる「ブラックリスト」の状態は、当面続く。それは事実だし、不便がないとは言わない。
でも、月に三十万円以上を返済に充てていた生活と比べて、どちらが「不便」だろうか。
『明るい破産』
なぜ私は、破産を《明るい》と呼ぶのか。
一つ目は、それがもたらす、あまりにも大きい状況の変化だ。
単純に生活が劇的な改善を見せた。返済に消えていた三十万円が手元に残る。朝起きて、今日も働こうと思える。引き落とし日に口座を確認する恐怖がない。それは《明るい》以外の言葉が見つからない変化だった。
二つ目は、破産を「失敗」として捉えなくなったことだ。
私は二十五年間、Webの仕事をしてきた。サーバーが落ちたら原因を調べて復旧する。コードにバグがあれば修正する。動かないシステムを放置して祈っても、何も解決しない。借金も同じだった。構造的に破綻した状態を、制度を使って再設計した。それだけのことだ。恥じる理由はない。
三つ目。これがいちばん大きい。
《明るい》と口に出すこと自体に意味がある。
借金の話は暗い。世間的にはそういうことになっている。だから誰も語らないし、語れない。検索しても出てくるのは法律事務所の冷たい制度解説か、匿名掲示板の悲鳴か、テンプレートのような体験談ブログばかりだ。とても貴重な情報である反面、そのどれもが、借金を「恥ずかしいもの」「隠すべきもの」として扱っている。
そうやって暗闇の中に閉じ込めておく限り、人は動けない。自分の状況が見えてこない。誰かに相談することもできない。
「もう少し頑張れば」
「来月のボーナスで」
「次の案件が入れば」
──そうやって先送りしているうちに、選択肢がどんどん狭くなっていく。
だから私は《明るい》と呼ぶ。
破産という選択肢を、光の当たる場所に置く。
それが正しいかどうかは、あなたの状況による。
でも少なくとも、選択肢として見えている状態と、見えていない状態では、まったく違う。
このサイトについて
UNTITLED ROOMは、何も決まっていないまま、迷っている人がふらっと入ってきていい場所だ。真っ白な部屋で、少しだけ自分の状況を眺めてみてほしい。
私は弁護士でも司法書士でもない。四十代後半のフリーランスWebクリエイターで、自己破産を経験して、今は現金だけで生活を再建している途中の人間だ。法的な助言はできないし、するつもりもない。
ただ、自分が経験したことを、できるだけ正確に書く。数字を出す。構造を説明する。感情論ではなく、仕組みの話をする。
もし今、毎月の返済額を見るたびに少しでも目を逸らしているなら。「まだ大丈夫」と自分に言い聞かせているのなら。このサイトの他の記事も読んでみてほしい。
特に、任意整理と自己破産の判断基準について書いた記事は、今のあなたの現在地を知るための手がかりになるかもしれない。
選択肢は、まだある。
一ノ宮