自己破産を考えたとき、フリーランスや個人事業主が最も恐れるのは「仕事道具を取られること」だ。
パソコン、カメラ、モニター、ソフトウェアのライセンス。飲食店なら厨房機器。美容師ならシザーとチェア。整体師なら施術台。これらがなければ仕事ができない。仕事ができなければ再建もできない。
結論から言えば、商売道具は守れる可能性がある。 ただし自動的に守られるわけではない。制度を理解し、弁護士を通じて管財人と交渉するプロセスが必要になる。
この記事では、自己破産における「自由財産」の仕組みと、実際に私が仕事道具を手元に残した経緯を書く。
自由財産とは何か
自己破産では、破産者の財産を換価(現金化)して債権者に配当する。しかしすべてを取り上げるわけではない。生活と仕事の再建に必要な最低限の財産は、手元に残すことが認められている。これを「自由財産」と呼ぶ。
法律で定められた自由財産(本来的自由財産):
- 99万円以下の現金
- 差押禁止財産(生活必需品、家具、仕事に必要な器具など)
- 新得財産(破産手続開始決定の「後」に稼いだ収入)
「仕事に必要な器具」が差押禁止財産に含まれている点が重要だ。民事執行法131条で、業務に欠くことのできない器具は差押えが禁止されている。フリーランスのパソコン、料理人の包丁、美容師のハサミ──これらは原則として没収されない。
ただし実際の運用では、管財人による「これは本当に仕事に必要か」「高額すぎないか」という判断が入る。100万円のカメラと5万円のカメラでは、扱いが変わりうる。
自由財産の拡張:99万円の枠を使い切る
法律で決まっている自由財産に加えて、裁判所の許可を得て残せる財産の範囲を広げる制度がある。これが「自由財産の拡張」だ。
東京地裁などの運用では、以下の財産がそれぞれ20万円以下であれば拡張が認められやすいとされている。
- 預金
- 保険の解約返戻金
- 車
- 退職金見込額の1/8
『これらの合計と現金を合わせて99万円の枠内に収まるかどうか』が判断基準になる。
たとえばこういうケースを考えてみよう。現金30万円、預金15万円、保険の解約返戻金10万円、仕事用PC(中古査定5万円)、カメラ機材(中古査定8万円)。合計68万円。99万円の枠内に十分収まるので、すべて手元に残せる見通しが立つ。
一方で、車の査定額が50万円、預金が40万円、現金が30万円となると合計120万円。99万円を超えるため、何かを手放す必要が出てくる。
なお、車については多くの裁判所で「査定額20万円以下」が自由財産として認められやすい基準とされている。ただしこの基準は法律で定められたものではなく、裁判所や管財人の運用によって判断が異なる。地方では車が生活に不可欠と認められ、20万円を超えても残せるケースがある一方、都市部では厳格に適用されることもある。自分の地域での運用は、弁護士に確認するのが確実だ。
管財人との交渉:制度ではなく「人」が決める部分
自由財産の拡張は、裁判所が最終的に判断する。これについても破産管財人の意見が大きな影響を持つ。
管財人は裁判所が選任する弁護士で、破産者の財産を調査・管理し、債権者への配当を行う役割を担う。管財人が「この財産は残してよい」と意見を出せば、裁判所がそれを覆すことは少ない。
つまり、管財人を説得できるかどうかが勝負だ。
説得のポイントは「これがなければ仕事ができず、収入が途絶え、生活再建が不可能になる」という論理だ。感情ではなく、事業の実態に基づく説明が求められる。
- このPCで何の仕事をしているか
- このPCがなければ代替手段はあるか
- 中古の査定額はいくらか
- 同等品を買い直す場合の費用はいくらか
管財人も人間であり、担当者によって厳しさに差がある。いわゆる「管財人ガチャ」だ。しかしガチャの結果に関わらず、論理的に整理された説明があれば、交渉の土台が成立する。
私のケース:PCとカメラ機材を残した
私は自己破産の管財事件を経験し、仕事用のPCとカメラ機材を手元に残すことができた。
弁護士と複数回面談し、所有する機材のリストを作成した。一つひとつについて「これは仕事で使うものか、私物(趣味)か」を確認していった。
仕事用の機材は使用年数が経過しており、中古市場での査定額は低かった。数年使ったPCやカメラは、買った時の価格とは比べものにならないほど安く査定される。これが結果的に有利に働いた。査定額が低ければ、99万円の枠をあまり消費しないからだ。
管財人との面談でも、これらの機材がWeb制作の仕事に不可欠であることを説明した。管財人は合理的に判断してくれた。
このプロセスで感じたのは、「対面でのやり取り」の重要性だった。 機材の一つひとつについて「これは何に使うのか」を説明するのは、電話やメールでは伝わりにくい。弁護士と直接会って、実物を見せながら話を進められたことが、スムーズな交渉につながったと思う。
開始決定のタイミングと仕事の報酬
個人事業主にとってもう一つ重要なのが、破産手続開始決定の前後で、仕事の報酬の扱いが変わるという点だ。
開始決定の「後」に稼いだ収入は「新得財産」として扱われ、破産財団には組み込まれない。つまり開始決定後に働いて得たお金は、自分のものだ。
問題は、開始決定の「前」に完了した仕事の報酬が、開始決定「後」に入金される場合。1月に納品した仕事の請求書が、開始決定後の3月に入金される──この報酬は自分のものか、破産財団か。
この線引きは、弁護士や地域の裁判所の運用によって判断が分かれる、といえるかもしれない。仕事の完了時点を基準にする考え方と、入金時点を基準にする考え方がある。一般論として「こうなる」とは言い切れない。
私の場合は弁護士を通じて個別案件ごとに処理されたが、ここで重要なのは進行中の案件と請求のタイミングを弁護士に正確に伝えることだ。申立ての前に、以下を整理しておく必要がある。
- 現在進行中の案件と納品予定日
- すでに請求済みだが未入金の案件
- 入金予定日
これらの情報があれば、弁護士が最適なタイミングで申立てを行い、報酬への影響を最小限に抑える戦略を立てられる。逆にこれを伝えずに申立てると、自分のものになるはずだった報酬が破産財団に組み込まれるリスクがある。
弁護士選びが結果を左右する
自由財産の拡張も、管財人との交渉も、報酬のタイミング調整も、弁護士の経験と力量に依存する部分が大きい。
管財事件を多数扱っている弁護士は、管財人との交渉の落としどころを知っている。「この査定額ならこの主張が通りやすい」「この裁判所の運用ではこう処理される」という判断ができる経験がある。
フリーランスや個人事業主が弁護士を選ぶ際に確認すべきことは3つだ。
- 管財事件の経験があるか。
同時廃止しか扱ったことがない弁護士だと、管財人交渉のノウハウがない。 - 個人事業主の破産を扱ったことがあるか。
会社員の破産と個人事業主の破産では、論点がまったく違う。 - コミュニケーション手段が柔軟か。
対面で機材の説明ができるに越したことはないが、それだけが手段ではない。私の場合、弁護士とのやり取りの大半はメールだった。
機材リストの提出、売掛金の扱い、査定額の確認──すべてメールで完結した。
対面の面談では30分ごとに費用が発生するが、メールでの相談は追加料金なしで対応してもらえた。結果として、細かい疑問をその都度確認でき、記録も残った。対面・電話・メール・Web面談──どの手段にどこまで対応しているかを、最初の相談時に確認しておくといい。
この記事は、管理人・一ノ宮(Webクリエイター歴20年以上、自己破産・管財事件経験者)が個人の体験と情報整理に基づいて書いています。自由財産の拡張基準や新得財産の扱いは、裁判所・管財人の判断により異なります。具体的な対応は、必ず弁護士にご相談ください。